「ぼく」とママ、そして、おとうさん。親子3人のあったか〜い笑顔。
2002年にイランで出されたペルシア語の絵本『ぼくとママのまいにち』の表紙です。どちらかというと、絵のついた、おはなし集といった感じ。
ぼくの おとうさんは、ふなのりだ。一年のほとんどは、海の上にいる。…まる一年、かえってこないことだってある。だから ママとぼくは、いつだって 二人きり。
いつか航海から戻ってくる おとうさんに向けて、ちょっぴりハチャメチャで、温かい笑いに満ちた まいにちを、「ぼく」が つづっていく。それが、この本のストーリー。やんちゃな いとこの「おチビちゃん」や、大おばさん、ご近所さんや おまわりさんも、にぎやかなキャストです。
ようふくやでTシャツを値切るために ママとの秘密の合図を決めるのだけど、ぱちん、ぱちん とウインクしすぎて、ようふくやの主人にばれてしまったり、大おばさんが連れてきたオンドリが ちっとも鳴かないから、かわりに「ぼく」が「コケコッコ〜〜!」と叫ぶはめになったり、ご近所さんの結婚式に、とうさんに変装して出かけたり…。
「ぼくは ここぞとばかりに、ぱちん。ぱちん、ぱちん…」 |
「くだものの皮、いらない紙くず~、アイスの棒、買い取りますよ〜〜!」 |
「びょうきになったのは、おチビちゃんなのに、ぼくがちゅうしゃされるなんて!」 |
「よぼうちゅうしゃ」のお話では、「ぼく」をいつも困らせてばかりいる、いとこの「おチビちゃん」が、ねつを出して、ぼくの家にやってきます。
ぼくは、ママにきこえないように、こっそり おチビちゃんにいってやった。
「おまえ、きっとおいしゃさんで、ちゅうしゃされるんだぜ。
そしたら、すこしは、いい子になるぞ。わっはっはっ〜!へへ〜んだ!」
しばらくすると、ママとおばさんとおチビちゃんが、おいしゃさんから もどってきた。
ママが、ぼくにいった。
「かわいそうに、水ぼうそうだったわ。うつるびょうきなのよ。
だから、あなたも、よぼうちゅうしゃをしてもらわないとね。」
ぼくは、かんかんにおこった。だって、ひどすぎるじゃないか。びょうきになったのは、おチビちゃんなのに、
ぼくがちゅうしゃされるなんて! こんどは、おチビちゃんが、ぼくを見ていった。
「わっはっはっ〜!へへ〜んだ!」
* * *
このおはなし集、イランでは、戦前のドイツで絶大な人気を誇った漫画『おとうさんとぼく』Vater und Sohn の、ママ・ヴァージョン&イラン版として紹介されることも多いんです。『おとうさんとぼく』は、セリフのない6コマ漫画の連載でした。全身全霊で息子をうけとめる、失敗ばかりのハゲ頭の「とうさん」は、1970〜80年代のイランと日本でも大いに愛されました(*1)。『ママとぼくの まいにち』は、おしゃべりたっぷりの作品ですけれどね。
* * *
さいきん、少しずつ注目されている、「イスラーム」の絵本。イスラーム教徒みんながみんな、しじゅう戦いやら争いやらしてるわけじゃない、って、日本の人たちも分かっているんです。でも、遠い遠い世界のことだから、なんだか想像しにくい。
この絵本は、宗教についてのおはなしではないけれど、生活の中のイスラームにかかわるシーンが出てきます。ママのキュートなスカーフすがた、お出かけする時のスカーフ&コートすがたも、そのひとつ。(「ぼく」とふたりで、いえでくつろぐときは、スカーフはいらないんですけどね。そこんとこは、いわば、撮影用おしゃれってことで)。いなかの 大おばさんは、お出かけのときは、いつもチャードル(*2)すがたで、片手には数珠をもっています。聖者廟へおまいりに出かけるお話では、ママも、黒いチャードルできめています。
じつは、わたし(筆者)も、中東で宗教スポットを観光するときのために、黒いチャードル、もってるんですよ。でも、着こなすのは難しくて…。あれを着て、外を歩いたり、子どもの手を引きながら買い物したり、家事をしたりなんて、とてもとても…。まあ、チャードルところか、和服だって着こなせないんですけど。ああ、なさけない…。
*《千夜一夜ブックス》は、絵本学会より2015年度研究助成を取得しました。本エッセイも同研究助成による成果です。
(研究テーマ「《千夜一夜ブックス》:「中東・イスラーム絵本」の翻訳・紹介活動――翻訳絵本の出版から、日本におけるイスラーム理解・ムスリム児童支援に向けて」)
(*1)このドイツ漫画の作者オーザーは、1930年代当時、ナチス権力者を風刺する漫画を発表して活動停止処分を受けたあと、e.o.プラウエンの筆名で、『おとうさんとぼく』の連載を開始。その人気に目をつけたナチスは、プロパガンダに協力するよう圧力をかけたが、プラウエンは抵抗し、1944年、ゲシュタポに捕らえられ獄中自殺するという痛ましい最期を遂げた。
(*2)イスラームで女性が体を覆うヴェールの一種。全身をすっぽりおおう布状のもの。イランなどでは、自宅や近所に出かける時や礼拝用に薄い色の小花柄のものなどが好まれ、外出フォーマルとして黒いチャードルを着用する人もいる(全く着ない人もいる)。色や形は、地域によってさまざま。最近話題の絵本『あたし、メラファハがほしいな』では、モーリタニアの色鮮やかな民族衣装(兼イスラーム式ヴェール)が描かれる。
(出典)
1381 قصه های من و مامان (1 و 2)، نوشته ویولت رازق پناه و نقاشی ویدالشکری، نشر چشمه،
イラン暦1381年(西暦2002〜03年)|に新装版初版、2巻本。
2010年に第8刷。
なお、旧版が1990年代に刊行されており、1996年にイラン児童青少年評議会の「今年の選書」、1998年にはIBBYオナーリストに選出されている。
Copyright © Mi'Te press. All rights reserved.
Designed by MOGRA DESIGN