編集人:新井高子Webエッセイ


12月のエッセイ


  • 千夜一夜Booksキャラヴァン(1)
    トルコ:フェリドゥン・オラル『あかいはねの ふくろう』
    ――平塚市美術館・かわら美術館 子ども審査員賞第1位と、オラル絵本の世界――

千夜一夜Books 代表:前田君江

●「みんなで選ぼうお気に入りの絵本原画!!」


 今年の夏休み、平塚市美術館で「ブラティスラヴァ世界絵本原画展 -絵本をめぐる世界の旅-」が開かれた。これは、スロバキアの首都ブラティスラバで隔年で開かれる世界的絵本原画展(Biennial of Illustrations Bratislava=略称BIB)の日本巡回展で、その後、高浜市・かわら美術館でも開催された。
 第13回BIB(2013年)では、日本人作家2人の作品――きくちちき『しろねこくろねこ』と、はいじまのぶひこ『きこえる?』が、「金のりんご賞」(準グランプリ)を受賞し、注目を集めた。さらに、今回の日本巡回展で話題となったのが、上記2つの美術館の両方で「子ども審査員賞」第1位に輝いた、トルコの絵本作家フェリドゥン・オラルである。


オラル(絵・文)『おばあちゃんは だれに にているの?』

 「子ども審査員賞:みんなで選ぼうお気に入りの絵本原画!!」について、平塚市美術館の担当学芸員 安部沙耶香さんに電話でお話を伺うことができた。このイベントは、来場した中学生までの子どもたちによる、いわばファン投票である。展覧会をまわりながら、全54人の作家たちの中から、お気に入りの《作家》に投票する仕組みだ。
 子どもたちが投票する作家は、第13回BIBの受賞作家、および、今回受賞しなかった作品の中から、安部さんをはじめとする学芸員の方々が、現地ブラティスラヴァに赴かれ吟味のうえ選び出されたという。内外の受賞作のほかにも、魅力あふれる作品が居並び、件のオラルについては、候補リストから外そうかどうか迷われたとのことだった。そんなオラルの平塚市美術館での1位獲得、さらに、かわら美術館でも一番人気を集めたことは、学芸員さんたちにとっても予想外の驚きだったようだ。
 今回展示されたオラルの作品は、以下に紹介する『あかいはねの ふくろう』、そして、もうひとつ、主人公の少年アリが空想のなかで大好きなおばあちゃんを次から次へといろんな動物に変身させていくユニークな絵本『おばあちゃんは だれに にているの?』である。なかでも、とくに来場した子どもたち、さらにはトークショーなどに集った大人たちをも強く惹きつけたのが、『あかいはねの ふくろう』の原画だったという。



●フェリドゥン・オラル(絵・文)『あかいはねの ふくろう』(原作トルコ語、2012年初版/2014年第2版)


 この絵本を「観る」者の目に、まず吸い着いてくるのが、なめらかな濃紺の夜闇に映える、ビロードのような赤の連続である。それは、野を覆うひなげしの花びらの赤であり、農場の隅にころがる収穫されたばかりのリンゴの赤であり、やんちゃな子猫たちの遊ぶ毛糸玉の赤である。
 主人公は、ふわふわの産毛のような羽が生えているだけの「ふくろうぼうや」。見事な赤い翼をもつ、父さん・母さんふくろうとちがい、ぼうやはまだ羽毛の先がほんのりまだらに赤いだけ。夜闇を背景に、まだ飛ぶこともおぼつかない「ふくろうぼうや」が、風に震える枝のうえで、はじめての友だち――ねずみと出会う場面は、とりわけ美しい。森と野をおおう夜の空気。「風の強い夜」の只中の、2ひきだけの密やかなとき。


 ぼうやの悲しみは、友だちがいないこと、そして、まだ空が飛べないことだ。なぜなら、「だって、ぼくのはねは、まだ とうさんや かあさんみたいに あかくないんだもの」。友だちになったねずみは、ぼうやを羽ばたかせようと奔走する。そう、飛び立つためには、ぼうやの羽を「赤く」すればいいのだ。
 やがて、深紅の翼の「ふくろうぼうや」が、枝から夜空へと舞い上がる。いったい、何の魔法が効いたのだろう。ねずみが羽にかぶせた、赤いひなげしの花びらか、深紅のリンゴの皮か、足にからみついてふくろうの子を枝から宙吊りにした赤い毛糸の筋トレか…。自分の力や可能性を「信じる」こと、たったひとりの友だちのねずみを「信じる」ことが、闇に浮かぶ鮮やかな赤となって広がる。その幸福感。私たちの世界にもそんな秘薬のような「色」があっただろうか。ちょっとした失望感。そして、私たちの「ぼうや」は力強く飛び立っていく。


 物語は、手品の種明かしのような後日談でしめくくられる。永遠の友だち―ねずみは、大人になった「ふくろうぼうや」のそばで、暮らし続ける。やがて、ぼうやは親となり、ひなたちは羽ばたくときを迎え、ねずみは森から赤い木の実をせっせと集めてくる。食べこぼしよろしく、羽をまだらに赤く染めながら、飛び立つ時を信じるひなたち。そして、原作者オラルは、最後の一文を書き放つ。「でも、これは、赤い果物のシミでしかないんだけどね。」え~?!それを、言ってしまうんですか、オラルさん!「ビロードの赤」の夢から覚め、今度は夢の仕掛け人になることを迫られる、「ふくろうぼうや」と私たち。訳者は、この「夢」を、いったいどんな日本語で終わらせたらいいのだろう。ひなたちの頭上にぽっかり浮かんだまんまるお月様を眺めながら、今夜も悩み続けている。




●フェリドゥン・オラル


 1961年生。マルマラ大学美術学部卒。イスタンブール在住。絵本やイラストレーションだけでなく、工業デザインや彫刻、陶器アートも手がける。トルコでは毎年、個展を開催。アンカラのセルヴィン・ギャラリーに常設展示。
 物語・イラストの双方を手がけ、これまでに制作・出版した絵本は20作品以上。昔話集やドイツ作家とのコラボも。ドイツ語、フランス語にも翻訳されている。
 1993年野間国際絵本原画コンクールで佳作に入選。この作品は、『森の声』(蝸牛社, 1996年)として翻訳出版された。大分県で開かれた「2001ヨーロッパ絵本原画ビエンナーレ」でも受賞。
 2008年『あかいりんご』で、IBBYトルコから「ベスト・イラストレーター」賞。また、2012年には国際アンデルセン賞(画家賞)にノミネートされた。


 *本稿での絵本ページ写真(前田個人のscanによる)の使用をご快諾くださった、フェリードゥーン・オラルFeridun Oral 氏とトルコ Kalem Agency に心より感謝申し上げます。