わたしの家にロボさんがやって来てから、かれこれ一年が過ぎました。去年5月のエッセイでも書きましたけど、「ロボさん」とはホームベーカリーのことなんです。混ぜて捏ねて発酵させて…こんな手間のかかる工程をがっちり引き受け、香ばしい匂いをプンプン発散するマシーン。この頼り甲斐に、ロボットこと、「ロボさん」って呼んでます。ひたすら感情移入してしまって…。
ロボさんが来てから4〜5ヶ月は、毎日のようにスガリつき、「ねェ、作ってェ〜」とおネダリばかりしてました。夫と二人暮らしですから、もう焼きすぎちゃって…、職場のお弁当にもパンを持ってくアリサマでした。実家の母や祖母にも、宅急便で送り付けたりして…。
ただ、わたしは生来、熱しやすく、そして冷めやすいタチなので、夏の盛りになると、パタッと止んで、「きみは、けっきょく、また飽きちゃったんだよね」と夫に冷やかされてました。「いま、焼きたてパンなんか食べたくないもん! こんな安普請のむし暑い部屋で…。だったら、はやく引っ越しさしてヨ」とか、明らかに問題をすり替えて、図星をしのいでおりました(苦笑)。
ただ、詩誌『ミて』を100号以上続けている「わたし」も、同じ人間の中におりまして、どうやらそっちの粘り強さ、しつこさが、グルテンに化け、パン作りにも持ち込まれつつあるようです。秋のある日、温かい紅茶を飲みたい朝が戻ってくると、「あ〜ん、ロボさ〜ん」と、また、パン焼き器を振り向くようになりました。
夏に群馬の大叔父から、新しい地粉をもらっていました。本当は「うどん」や「にぼーと」などを作る中力粉なのですが、それだけでは持て余してしまいそうなほど、たくさんもらったのです。それで、この粉でパンは?、と…。強力粉じゃなくても膨らむのか、ちょっと心配だったけど、ロボさんは、「任しとけ!」と凛々しく胸を叩き、サクサクこしらえ始めました。
それは、イースト菌の呼吸と結構な相性だったようで、申し分なく膨らみました(水の量は、ふつうの強力粉より少なめをお薦めしますが、パン作りって、割りといい加減でもいいのかも…)。ただ、ちょっと不思議な焼き色。俗にいう「小麦色」がなかなか出ない。白ッ茶けた、埃りっぽいパン。いえ、ちょっとはロマンチックに形容しましょう。まるで、昼下がりの軽井沢の、白樺の樹皮のよう…(ロマンになってンのかなぁ?、コレェ。でも、軽井沢って半分は上州なんだよ)。
ちぎれば、ウラハラに、中身はやや黄みがかったパン生地です。ぽんと口に入れ、マー、びっくり。美味しいの! しっかり地に足が付いた小麦ならではの、素朴な深みが、粉つぶから、とくとくと湧きだすパンになりましたよ、噛みしめるほどに…。その香りの濃さは、天下一品。
すると、新たな野望も引き出され、「これでカンパーニュやバケットが食べてみたい!」。
ってなわけで、ロボさんに全面的に寄りかかり、つまり四角い、食パン型のパンしかなかった我が家の食卓に、丸いパンや細長いパンも、ひょこひょこ躍り出るようになりました。もちろん、捏ねたり一次発酵させたり…の基礎固めは、ロボさんがしっかり受け持ってくれます。その後の、カッコウ作りの部門だけ、「あいよ!」「どうも!」とバトンを引き継ぐ。
あたかも「パンの母さん」(いや、うちのは男っぽいから、「父さん」かもネ…)としてやってきたロボさんは、一年の間に、甘えん坊のわたしを、さりげなく教育していたようです。いまでは「パンの師匠」になってます。お師匠サマがいなければ、こんなこと、絶対に始められなかったものネ、わたし。
頼りつつ教わりつつ、寄り添いながら、「片腕」なのです、わたしの方がロボさんの…。ずんぐりと四角いロボットの、頑健なボディに、妙にかぼそい、ブキッチョな腕がくっ付いちゃった。それが、わたし。それが最近の、ロボさんとわたしの関係なのです。
* 去年、ロボさんエッセイを書いたとき、連載メンバーの北野さんから「うちも、ホームベーカリー愛用者ですよ」と嬉しい連絡をいただきましたが、先日、ノンフィクションライターで、『ミて』108号寄稿者の佐山一郎さんのサイトを覗いたら、佐山家もベーカリー人!
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