一年が経つのが早い。という実感になって、もう随分になる。今年も、別れと出会いの時季がきた。以前書いたことがあるかもしれないが、TVでも取り上げられたことあるくらい、種子島のこの時期の別れの儀式は感慨深い。
それは離島ならではの、船着場での別れ。高速船ではデッキに人が立つことが無理なので仕方がないが、フェリーでは紙テープの両端を見送られる人と見送る人が持ち、出港の時を迎える。
出帆の合図の汽笛が響き、船が岸を離れる。思いのほか足早に船は去っていく。それを追いかけて、見送りに来た子供たちが、突堤の端ギリギリまで走る。デッキの上の人たちは、ちぎれんばかりの勢いで手を振る。
今生の別れでもないのだが、毎回、このシーンには胸に迫るものがある。
そんな季節が、また巡ってきたなぁ、と鶯の鳴き声を遠くに聞きながら、ぼんやり考えていた。その時、TVの画面から、ある強烈なフレーズが耳に飛び込んできた。
「この、いくじなしー!」
虚を突かれ、胸にズシンと響くその言葉が発せられた方向に目をやる。そこには、CMで校庭の朝礼台に仁王立ちした有村架純の姿があった。
※ ※
今から思えば、なんて牧歌的な時代だったことか。僕が中学から高校までを過ごした1970年代の故郷では、未成年の飲酒に対してはおおらかだった。教育上、本来は好ましくはないのだけれども、大人の予備軍的な準備の意味合いもあったのかもしれない。
明らかに中・高校生の僕たちが、飲むことを分かっている状況にもかかわらず、気前よく酒屋のおばさんは販売してくれた。
それも贅沢だったのは、時代的に仕方がなかったのもあるけれど、買うのは発泡酒ではなくビール、それもキリンビールの大瓶(というのが田舎らしいけれど)。
いわゆる酒も、日本酒や焼酎ではなく、ウィスキーで、サントリーのオールド。〝ダルマ〟と称され、一世を風靡していた当時のころ。それしか知らなかったというのもあるけれど。
若かったから、思慮はなくても、体力はある。勢いに任せて飲みすぎ、みんなでよく失敗をした。いくつもあるエピソードの中の、その後の僕に影響を与えたものが、この「いくじなし」にまつわるものだ。
今とは違ってイベントの少ない当時の地方の、特に島の高校の卒業は、島を出る者がほとんどだった。そんなこともあり、生涯で数えることのできるテンションの上がる大きな節目だった。
卒業式が終わり、島を出て行くまでしばらくの猶予の期間がある。僕の仲間たちは、同級生を巻き込み、クラスの垣根も越え、お別れ会と称するものを、今日は●●の家、明日は▲▲の家、というように連日繰り広げた。
僕も、最初のうちは参加していた。場所は変わるけれど、メンバーは、あまり変わらない。そんな飲み会が続く。あるとき、飲み過ぎた僕は、会場を提供している友人の寝室で 独り休んでいた。そこに心配してくれた、互いに好意を感じていた女子が、様子を見に来てくれた。
「大丈夫?」
「うん。まぁ……」
それから少しやりとりがあった。と思う。気がついたときには、彼女を抱きしめていた。これが僕の初めてのキス。今、思い出しても面映ゆい。もっと決まりが悪かったのは、そのことをほかの仲間たちにも知られたこと。
そんなことがあって、その後は彼女と顔を合わせるのが気恥ずかしくて、飲み会にも参加しなくなった。が、いよいよこれが最後の飲み会という時が来た。
主宰者の友達に、参加メンバーを聞く。彼女の名前がある。けれど、遅れての参加とのこと。
当日、僕は会のスタートから参加した。盛り上がり始めた頃合を見計らい、みんなの酔にまぎれ、早々にこっそりと会を抜け出した。もちろん彼女がまだ来ていないことを承知の上で。
彼女と顔を合わせないように、わざわざ遠回りの坂道で表通りに向かった。はずなのに、目の前に彼女がいた。足が止まり、動揺する僕。
「……、……」
言葉が出ない。そのとき彼女が一言。
「いくじなし!」
あれから、もう30年以上が経つ。今でも何かのきっかけで、そのシーンと声が鮮やかに蘇る。今回のCMが、まさにそれ。
冒頭のCMは、「いくじなし」の言葉の前に、「背伸びしたって、いいじゃん。背伸びしたって」と有村架純が呟くシーンがある。そうなんだ。「背伸び」なんだ。
あの坂道で、彼女の言葉を浴びた若くて青い僕。あれからずっと「背伸び」してきた僕がいる。けれど、その時から決して気まずさから、大切な人と顔を合わせないようなことだけは、しないように決めてきた僕もいる。
あの言葉を胸に刻んで、人と向き合ってきた。それは、僕の姿勢を確認させる大切な言葉。
この春、学校をはじめ、さまざまなことから卒業する、すべての「背伸び」する野郎どもにエールを送ろう。ガンバレ! 青い〝いくじなし!〟。それはまた、50歳を超えた自分自身へのエールでもある。
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