あじさいの群生が導いて行く
あじさいは、いつもうるんでいるように見える
「移り気」「高慢」「辛抱強い愛情」「元気な女性」「あなたは美しいが冷淡だ」「無情」「浮気」「自慢家」「変節」「あなたは冷たい」「どのようにお苦しいのですか」「一家団欒」「家族の結びつき」。
さて、質問。ある一文を除いた、これらの共通項は?
答えは、あじさいの花言葉。
一般的に「花びら」だと思われている「蕚」が、白から次第に藍色や赤紫色に色づき、変化する。そこから、これらの言葉が付けられた可能性がある、と調べたネットの情報には載っていた。
島の中央の集落をつなぐ幹線の沿道に、なぜかあじさいの群生をよく見かける。梅雨時期の雨が続くうっとうしい日々、それらを目にすると気持ちが和まされる。
あじさいについて言えば、植物学の先生から、シーボルトが学名を付けたということを教えていただいた。学名は「Hydrangea otaksa」。その名には、彼の日本人妻の楠本滝の「滝」を反映させた、と先生からうかがった。
余談だが、シーボルトが国外追放処分となった後、滝は彼との間にもうけた一人娘・イネを育て上げた。成人したイネは、西洋医学を学んだ日本人女性初の産婦人科医(実際には産婆)として活躍した、とWikipedeiaにはある。
変化する、移ろいゆくもの――として、最近思ったことのひとつに、翻訳のことがある。それは、今号の『ミて』(第119号)で触れたシモーヌ・ヴェイユに関すること。
本誌でも取り上げたように、年の初めに『現代詩手帖特集版 シモーヌ・ヴェイユ――詩をもつこと』(思潮社、二〇一一年)を手に入れた。その中のシンポジウムの記事で、次のような一文を見つけた。
「(前略)九五月六月刊の「現代のエスプリ」三三五号〔至文堂〕に掲載された大江健三郎さん〔一九三五年~〕の講演記録「「どのようにお苦しいのですか」と問う意味」が目に飛び込んできたのです。この問いは『神は待ちのぞむ』においてヴェイユが聖杯伝説のひとつから引き出したもので、大江さんは勁草書房版の訳文に従ってらっしゃいました。ただし文意としては「あなたを苦しめているものは何ですか」〔冨原眞弓編訳『ヴェイユの言葉』みすず書房、二〇〇三年、二四八頁〕としたほうが通るのではないでしょうか。(後略)」
(川本隆史、前掲書「シンポジウム「シモーヌ・ヴェイユと<いま、ここ>――「人格と聖なるもの」をめぐって」)
うかつにも川本氏が取り上げている冨原氏の著書を持っているにもかかわらず、相変わらずの積読のまま、指摘の箇所に気づかなかった。僕には、その一文は、ずっと大江氏が取り上げた訳文のままだったし、これからも……。
※ ※
かつて携わっていた雑誌は、美術も主要なテーマのひとつにしていた。そのこともあって、美術関係者の彼女とは知り合った。自己主張の強い美術界の中で、物腰柔らかく、人一倍気を遣うタイプだった。あまりにも気を回しすぎるのが、ときには痛いくらいだった。そんな彼女の振る舞いが、いつしか心のどこかにひっかかっていた。
それが何のきっかけだったのかは、思い出せない。いつものように所用をしたためた手紙に、ある一文を最後に――そう、何気なく載せて出した。それから数日後、彼女から連絡があった。
仕事を終え、約束の店に向かう。いつもの穏やかな彼女が、そこにいた。
美術の話からとりとめのない話まで、いつものおしゃべりが続く。もう少しで時計が翌日に回り、終電が近くなっていく。そのとき、ふいに彼女が言った。
「先日のお手紙、ありがとうございました。最後の一文を読み終えた後、思わず洗面所に駆け込んで、泣いてしまいました。」
不意打ちをくらった僕は、何も言えなかった。それから彼女は、とつとつと自身の人生を語り始めた――。
語り終えたころには、終電はとっくに終わっていた。真夜中と暁のちょうど真ん中のしじまの時間帯。感情を高ぶらせることもなく、かといって押し殺すこともなく話し終えた彼女。僕は、テーブルの上に重ねて置かれた彼女の手に、自分の手を重ねて包み込むことしかできなかった。
始発電車が走り始める。何事もなかったように、二人で駅に向かい、別れた。その後も、彼女と何度か会った。が、そのことについて触れることは、二度となかった。
彼女の心の扉を開けたのは、まさしくヴェイユの言葉。
「あなたは、どのようにお苦しいのですか。」
この文章でなければ、意味はない。だから、いかに文意が通じようが、ぼくにとってのヴェイユの言葉は、これしかない。
道端に咲き誇るあじさいの花々。それを目にしながら、女手ひとつで娘を育て上げた滝の「辛抱強い愛情」の姿に、彼女を重ね合わせてみる。そして思う。彼女は、今でも苦しんでいるのだろうか、と。
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