先日の夜、予想外に東京の空から雪が降ってきた。家々の屋根が、木々の枝が、夜の灯に照らされて白く光った。震えるような寒気が街を覆っている中、連日流れるニュースから届くチュニジアやエジプトの民衆の声に耳を傾けてきた。今、その声が中近東と名付けられた地域に広がっている。
特にエジプトでの展開が世界各国の人々の注目を集め、誰もが新たな世界の扉が開かれようとする歴史的な瞬間を感じ取ったようである。歴史的な瞬間、人類史的な、文明史的な瞬間。人々が押し付けられるカオスに対して秩序を求めて立ち向かい、「徳」を失った支配者から権力が取り除かれ、「天命」があらたまる瞬間。革命の瞬間。詩人エンヴェル・ギョクチェ1が「倒れよ、頭上の運命/毀れよ、口元の虚言」2と詠んだ瞬間。
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エジプトは新しい国ではない。エジプトの民衆は呪縛から解放を求めたのは初めてのことではない。1952年の革命の直後、1956年にスエズ運河の統治をめぐってイギリスとフランスの艦隊がエジプトに侵攻した折に、詩人ナーズム・ヒクメットは「独立」というタイトルの詩篇を発表し、その中で次のように書いている:「エジプトの兄弟よ/われわれの歌は兄弟だ/われわれの名が兄弟/われわれの貧困は兄弟だ/われわれの疲労が兄弟/わたしの街々の美しくて偉大で生き生きとしたものはすべて/人間や大通りやプラタナス/すべてあなたを応援している/わたしの村々で太古の言葉3が唱えられている/あなたの言語で/あなたの勝利のために」
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今回、民衆が「タハリール広場」で毎日集まり、集会に参加した楽団アル・タンブラの様子4がその緊張を、歓喜を如実に物語っている。
連日のように民衆が集まった「タハリール広場」。日本語へ訳すと「解放広場」となるようだ。名の通り、広場が自ら、抵抗と革命をめぐる記憶の媒体になっている。岡真理は「タップ‐平和をめざす翻訳者たち」の2月13日付速報888号で次のように書いている:「今回、革命の舞台がタハリール(解放)広場であったことは、偶然ではないのです。上に書いたように、エジプト近現代史が、エジプトをエジプト人民が自らの手に奪い返すための不断の闘いの歴史であったとすれば、タハリール広場とはその歴史的記憶が幾重にも沁みこんだ「記憶の場」にほかならないからです。」5
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一方で、エジプトの革命について様々な情報が錯綜している中、未だにそれを「何故このようなことが起きたのか」と疑問に思う人もいるようだ。その疑問の背景には、革命をめぐる文脈を構成している複数の要素の欠如があるのだと思う。単純化すれば、新自由主義による政策への人々の忍耐が限界に達していると言える。それはそうだが、しかし、具体的に、何故、2月4日の段階で一旦、事態はムバラク政権が打倒されないまま収束するかのように見えたにもかかわらず翌週から一変したのか、疑問が残るようだ。そこで、あまり考慮されていない要素として、7日から各地に広がった複数の労働組合による組織的なストライキがあったのではないかと思う。南アフリカ発のウェブサイトであるインデペンデント・オンラインのビジネスレポート2月18日付記事6も一連のストライキが十分に報道されていないことに注目している。実際に十分とは言えないが革命前夜の2月10日付CBSニュース7やアル・ジャズィーラ8では触れられていたが、概して政治的イスラームが誇張され、労働者の影響力が軽視されてきた感がある。
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詩人ナーズム・ヒクメットは自作詩集和訳への序文として「日本の読者の皆さんに」と題された短文を寄せている。自身の「美学上の信条」に触れて述べたことばが詩人と革命をめぐって参考になる:「今世紀の技術の発展は、世界の人々が詩を読み、理解し、愛することができるようになるための土壌を準備し、それをじっさいに可能にしているからこそ感嘆するに値することなのだと私には思われます。もし技術、社会的な革命、人々の生活水準の向上がこのことに奉仕しなければ、だとすればそれらのことは私にとってまったく無意味です。」(「ヒクメット詩集」9、中本信幸訳、新読書社)
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チュニジアに続いて多くの人を震撼させたエジプト革命。今後、どのように展開していくか不明であっても、それが示唆する事柄が長く記憶され、語られつづける。
1 1920年エルズィンジャン県生まれ。1947年、アンカラ大学文学部トルコ文学科を卒業。学生の時から社会主義に傾倒し、1951年の一斉検挙で投獄され、重い環境で心身ともに健康を害する。1981年アンカラで死す。
2 詩篇「キルティム・キルト」より。
3 太古の言葉:コーラン。
4 http://www.youtube.com/watch?v=J5UTl3Q-53U
5 http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=920
6 http://www.iol.co.za/business/opinion/strikes-lit-the-fuse-for-revolution-that-toppled-mubarak-1.1028839
7 http://www.cbsnews.com/stories/2011/02/10/501364/main20031296.shtml
8 http://english.aljazeera.net/news/middleeast/2011/02/20112107944393156.html
9 http://shindokusho.jp/purchase?page=shop.product_details&flypage=flypage_images.tpl&product_id=121&category_id=19
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